釈迦が弟子の口臭を注意!江戸っ子は息もキレイじゃなきゃ粋じゃない 人類と口臭の歴史釈迦が弟子の口臭を注意!江戸っ子は息もキレイじゃなきゃ粋じゃない 人類と口臭の歴史

突然ですが、口臭が気になることはありますか? 口臭科学研究所が調べたところ、「自分の口臭が気になることありますか?」という質問に、93%の人が 「はい」と回答しています。 普段は聞けないお口のニオイ、みんなどう思っているの?口臭に関する意識調査を実施!>>
(口臭科学研究所)
これだけ口臭ケア用品が充実している現代でさえ口臭が気になるのだから、昔の人はもっと大変だったのではないでしょうか。いったいどんなケアをしていたのでしょう? 調べてみました。

古代ギリシャでヒポクラテスが歯磨き指導!インドでは釈迦が弟子の口臭を注意? 古代ギリシャでヒポクラテスが歯磨き指導!インドでは釈迦が弟子の口臭を注意?

紀元前5~4世紀のギリシャ人医師・ヒポクラテス。医師の職業倫理について記された宣誓文「ヒポクラテスの誓い」で有名な人物です。

彼は、口の悪臭を防ぐために歯磨きを勧めました。その方法は、精製していない羊毛を使い、歯磨き剤で摩擦した後、水ですすぐというもの。どうやら、古代ギリシャでも人類は口臭を気にしていたようです。

同じく紀元前5世紀ごろ、インドでは釈迦が弟子に口腔ケアを促していました。

釈迦の説法をまとめた「律蔵」という仏典には、
「僧たちは口が臭かったので、世尊(釈迦)は歯木(昔の歯ブラシのようなもの)を嚙む5つの利益を説いた」と記されています。

5つの利益とは 口臭がなくなる 食べ物の味がよくなる 口の中の熱をとる 痰をとる 眼が良くなる 5つの利益とは 口臭がなくなる 食べ物の味がよくなる 口の中の熱をとる 痰をとる 眼が良くなる

とされています。これ以降、仏教の普及とともに、オーラルケアも広まっていったようです。

美しくても、口が臭い…平安美女の悲劇 美しくても、口が臭い…平安美女の悲劇

釈迦の「口を清めよ」という教えは仏教とともに日本に入り、上流階級の人々は口のケアが習慣になりました。また、そもそも日本では仏教伝来以前から「神に祈る前に口をすすぐ」という習慣があったという説も。

病草紙「口臭の女」京都国立博物館所蔵

平安時代後期に描かれた、さまざまな病気や奇形に関する話を描いた絵巻物「病草紙」は、その一部が現在も京都国立博物館に所蔵されています。この中にある「口臭の女」は、美しい女性に惹かれて近づく男性が、彼女の息の臭さに鼻をつまんで退散する様子が描かれています。

病草紙「口臭の女」京都国立博物館 所蔵

病草紙「歯槽膿漏の男」京都国立博物館所蔵

同じく病草紙の「歯槽膿漏の男」では、口を開けて妻に訴えかける様子が描かれています。口臭の発生には進行したむし歯やドライマウスなどさまざまな原因があり、歯槽膿漏もそのひとつです。

病草紙「歯槽膿漏の男」京都国立博物館所蔵

口が臭いやつは田舎者!?江戸っ子は白い歯を自慢にしていた 口が臭いやつは田舎者!?江戸っ子は白い歯を自慢にしていた

江戸時代になると、むし歯や歯周病などを患う人が急増しました。その理由は、砂糖の普及だと言われています。南蛮貿易によって持ち込まれた砂糖は、江戸中期には国内生産が盛んになり、それまで手の届かなかった甘いお菓子を庶民も楽しめるようになったのです。

江戸時代に急増したむし歯や歯周病は、どちらも口臭の原因。同じ頃、口のケアに使用する「房楊枝」が普及しました。今では「楊枝」といえば「爪楊枝」を思い浮かべますが、当時は歯全体をケアする歯ブラシとしての「房楊枝」と、歯石など細かい部分をケアする「爪楊枝」の2種類があったのです。

江戸時代の房楊枝一般社団法人神奈川県歯科医師会歯の博物館所蔵

当時の房楊枝を見ると、柄にナイフ状の「舌こき」がついていますね。歯をみがく歯木は世界に存在しますが、柄に舌こきがついているのは日本だけとのこと。口臭ケアへの関心の高さと、日常雑貨に工夫を凝らす日本人らしい一面が見られます。

江戸時代に遊郭があった吉原(現在の台東区千束)では、店は客の朝帰りに備えて、房楊枝と歯みがき袋、水を吐く「耳だらい」、水を入れたうがい茶碗を用意していました。座って洗顔と歯みがきをスマートに行うことが、粋な遊び人であることの証とみなされていたようです。

また、江戸時代の川柳に「親のすね かじる息子の 歯の白さ」という句があります。働かずに身綺麗にしている若い男性を皮肉ったものですが、同時に、「口のケアをしていないものは粋ではない、野暮」という価値観があったことも伺えます。

歌川国貞の「当世三十弐相」。美人三十二相の1枚で、うがい茶碗を持った婦人が、
房楊枝の柄の舌こき部分で突き出した舌の掃除をしている様子
一般社団法人神奈川県歯科医師会歯の博物館所蔵

この頃の浮世絵には、房楊枝を使う美人画が多く残されています。房楊枝を何気なく使う姿に、粋さや色気を感じていたのかもしれません。

海外の口臭ケアは?17〜19世紀ヨーロッパのお口ケア 海外の口臭ケアは?17〜19世紀ヨーロッパのお口ケア

一方、17~18世紀ごろの西洋でも、女性にとって歯が白いことは、美しさの一つであり自慢でもありました。この頃すでに、歯みがき粉は、虫歯予防よりも、口臭を防いだり歯石がついたりするのを予防するために使われていたのです。

17世紀後半のチャールス・アレンは、歯みがき粉の処方として真珠、珊瑚の粉、赤いバラなどを入れていました。18世紀のヨーロッパの歯みがき粉は、焼いて細かく粉砕した骨粉やハッカ、白ワイン、アンズの実、香料などを用いたそうです。

西洋の舌こき一般社団法人神奈川県歯科医師会歯の博物館所蔵

写真は、当時の西洋で使われていた舌こき。ちなみに、日本の房楊枝は木製でしたが、西洋の歯ブラシの柄は動物の骨や銀で作られていました。

人類の口臭はどんどんひどくなる? 人類の口臭はどんどんひどくなる?

人類はコミュニケーションの発達とともに口臭を指摘したり、気にするようになったりといった歴史を辿ってきたことがわかりました。これからもその傾向は続いていくのでしょうか。一般社団法人神奈川県歯科医師会歯の博物館館長・大野粛英歯学博士に、口臭の未来予想を聞いてみました。

「もしかしたら、未来の世界では口臭はさらにひどくなるんじゃないでしょうか。口臭の理由のひとつに『口の渇き』があります。いわゆるドライマウスですね。今後さらにWeb上でのコミュニケ―ションが発達すると、実際に会話して舌や口の筋肉を動かす機会が少なくなるかもしれません。そうすると口の中が渇き、口臭が強くなる。口臭を気にしすぎて会話を避けるのではなく、なるべく人と会話をすることで唾液をしっかり出すことを意識したいですね」

取材・文 田島里奈/ノオト

<取材協力>

▼一般社団法人神奈川県歯科医師会歯の博物館
https://www.dent-kng.or.jp/chishiki/museum/

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